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横浜地方裁判所 昭和49年(レ)37号 判決

控訴人

穆邦栄

右訴訟代理人

田辺尚

外一名

被控訴人

有限会社伊藤たつ

右代表者

伊藤たつ

右訴訟代理人

遠藤正敏

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人に対し別紙一物件目録記載の建物の二階部分の道路に面した壁面(別紙図面に赤斜線で表示した場所)に設けた別紙第二物件目録記載の看板を撤去せよ。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本位的請求原因について

(一)  控訴人が本件建物のA部分を占有していることおよび被控訴人が控訴人主張の如く本件建物二階壁面に本件看板を設けていることはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  そして、建物の占有の場合において特段の事情が存在しない限り、その占有権は当該建物の外壁まで及ぶと解されるところ、本件において被控訴人は事実摘示第二、二、(一)の如く主張して本件看板設置部分の控訴人の占有を争うので検討するに、〈証拠〉を綜合すると被控訴人が本件建物のBの部分を前記萬昌堂より賃借する以前から本件看板を設置してある場所に「天津菜館」の看板(以下旧看板という。)があつたこと右看板は老朽化しぼろぼろになつてこわれており文字が良く見えないような状況にあつたこと、そして右看板を被控訴人が昭和四五年八月頃取り外ずさせた後、同年一〇月末頃本件看板を設置したこと以上の事実が認められるが、旧看板が控訴人が本件建物のAの部分を賃借して占有する以前から同場所に存在していたことおよび控訴人の本件建物A部分の占有が旧看板部分を除いた制限されたものであつたことを認めるに足る証拠はなく、また被控訴人が右萬昌堂から旧看板およびその設置場所まで含めて賃借し占有したことを認めるに足る証拠もない。従つて控訴人の本件建物のA部分の占有がその外壁の本件看板設置部分にまで及ぶことを妨げる特段の事情が認められない本件においては、本件看板設置部分も当然控訴人の占有に属し、そして、本件看板の設置がその占有の妨げとなつていることは容易に推認できるところである。

二抗弁(一)について、

本件看板取付工事が民法第二〇一条一項但書にいう「工事」に該るか否か検討する。

そもそも民法第二〇一条で占有の訴について一般的に短期出訴期間を規定した外に、工事に因る占有の妨害(および妨害の虞れの発生)の場合、特に占有の訴の出訴期間を定めた趣旨は、工事竣成後又は工事が著しく進行してからその除去を求めるのは工事をする者に莫大な損害を生ずるとともに国家的、社会的な損失になるということと、工事による状態は、たとい元来は占有を侵害して生じたものであつても比較的速かに、新たな社会状態と認められるに至るということにある。従つて右の趣旨からいえば同条一項但書にいう「工事」とは相当な費用、労力およびある程度の日時を要する規模のものを指称するものと解すべきである。

これを本件にみるならば、本件看板は高さ約二メートル、幅約三〇センチメートルのもので、〈証拠〉によれば、本件看板取付は彫刻看板業者である右平井が職人二人と共に三時間位で完了し、その費用は九五、〇〇〇円であることが認められるのであり、この程度の規模および内容の工事は、民法第二〇一条一項但書にいう「工事」に該らないと解するのが相当である。

三抗弁(三)について、

〈証拠〉を綜合すると、本件看板取付工事に際し工事を請負つた平井五郎は電気ドリルの電源を控訴人方から借用し、右工事終了後控訴人方の店員にお礼を言つていること、控訴人からは右工事中にも本件看板取付後においても翌昭和四六年一月に至るまでは抗議を受けたことが無いことおよび本件看板取付後、控訴人方店舗の二階の便所の水が階下の被控訴人方の調理場に流れ出たことがあり、それを被控訴人が保健所に連絡したことから控訴人、被控訴人間において感情の対立が生じたこと、そして、そのことが控訴人の本件起訴の一要因となつていること、以上の事実が認められるが、反面〈証拠〉によれば、控訴人、被控訴人はそれぞれ本件建物のA部分、B部分でいずれも中華料理店を営業していることから、控訴人の店舗の外壁に被控訴人の看板が取り付けられれば、控訴人の営業に支障が生じることが認められることから、右事実のみをもつてしてはいまだ権利の濫用とは言えず、他に権利濫用を基礎づける事実を認めるに足る証拠はない。

四以上の次第で、その余の当事者双方の主張について判断をするまでもなく、控訴人の本件請求は理由があるからこれを棄却した原判決を失当として取消し、控訴人の本件請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し、なお仮執行の宣言については、これを付するのは相当でないから右申立を却下することとし主文のとおり判決する。

(若尾元 山田忠治 戸舘正憲)

第一、第二物件目録〈省略〉

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